日々是雑言
二流ライターを営む筆者の近況、日々のニュースへの感想などを、斜めに歪んだ視点とひねくれまくった根性で味付けて書きつづります。


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♪げっこうかめんのおじさんは〜 せいぎのみかたよ よ〜いひ〜とよ〜
『検察から記者へのリークは本当にあるのか。答えは明瞭(めいりょう)だ。「ありえない」と断言できる。なぜなら、私はかつて東京地検特捜部を担当していたことがあるからだ。検察官と新聞記者が接触することは極めて難しい。会うことができても名刺交換も会話もない。会釈すらしてくれない。新聞記者はまったく無視される』(毎日新聞2010年2月5日とちぎ地方版より抜粋)

 いや、それって新聞記者全体でなくて、あなたもしくはあなた方がシカトされてるだけでは・・・・などと中学時代いじめに遭った経験のある筆者は、ついつい心配してしまったりする(苦笑)。

♪それ どすこいどすこい どすこいどすこい〜
『23日朝、時津風一門が両国国技館で臨時の一門会を開催。会合では理事選挙の際、投票用紙にどの候補を記入したかを立会人に見せてから投票箱に入れるよう通達されたという。高砂一門や二所ノ関一門でも同様の通達が行われた模様だ。(中略)日本相撲協会の基本ルール「寄付行為」には「理事の選挙は、評議員会において評議員の単記無記名投票により行う。選挙は相撲道の本旨に鑑(かんが)み、名誉と品位を汚すことなく厳正に行われねばならない」と記されている』(スポーツニッポン2010年01月25日付の記事より)

 筆者が中学生の頃には社会科に「公民的分野」というジャンルがあり、政治経済法律の基礎は三年生で教わったように記憶している。もちろん憲法もひと通り読んで、「秘密投票」の意義についても教わった。副読本を用いて「夫婦や親子の間でも、例え軽い気持ちでも、誰に入れた?などと聞くのは憲法の精神に反する行為である」という旨のケーススタディも受けた。

 が、どうやら日本相撲協会の親方衆(たぶん筆者と同年代かそれより上なので、カリキュラムにさほどの違いはないはず)はそのあたり全く知らないようである。これは親方衆の父兄に教育基本法39条(就学義務)か、親方衆の教わった学校に同38条(教科)の違反があるものと疑われるから、たとえ時効にかかる案件であろうともテッテ的に調査されるべきであろう。子弟の教育をあやまれば、相撲道の本旨も日本の美風もへったくれもあったものじゃないからである。

♪ぐり〜ん ぐり〜ん ぐらす おぶ ほ〜む 
『中井国家公安委員長は22日の閣議後記者会見で、再審公判が行われている栃木県足利市で1990年に4歳女児が殺害された足利事件に関連して、「今の自白中心の捜査と捜査当局から一方的にリークされる記事しか書かないマスコミという中では、冤罪被害はこれからも出ると思う」と述べた。リークがあるとする具体的な根拠は示さなかった』(2010年1月22日付 読売新聞より抜粋)

 ところで明日は民主党の小沢幹事長が東京地検の事情聴取を受けるとかで、マスコミがえらく騒いでいるようだ。氏をロッキード事件当時の田中角栄氏になぞらえ、政治家としてあるまじき(という言われ方は前々世紀のイギリスから綿々と絶えることなく続いているわけだがw)、強い金権体質を云々している向きも多いように見受けられる。

 当時を知る者の一人としてえらそうに言わせてもらえば、日本の民度も上がったものだなあ、という感慨もひとしおである。昔は汚職事件(しばしば疑獄、というおどろおどろしい名称までついていたのがスゴイw)が報じられるたびに、正義の使者東京地検が颯爽と破邪の剣もて悪の巨魁汚職政治家を弾劾する、という図式を国民の99%くらいが信じていたものだ。

 マスメディアが放送と活字だけでなくなって十年あまり、ネット全盛の昨今では、さすがにそんなアメコミか60年代までの少年漫画のような単純明快な筋書きを盲信する人は、ずいぶん少なくなっているようだ。それが正義か悪かはケースバイケースであるとして、世の中に存在する全ての社会集団には、その集団独自の利害得失なり行動原理が必ず付随している、という平明な事実によって物事を見ようとする人が少しずつ増えてきているように感じられる。もちろん政党も検察庁も裁判所もその埒外ではありえない。日本の民度が上がった、と筆者がえらそうに喜んでいるのはそのあたりであるのだ。

 だからと言って筆者はニヒルぶって、「所詮誰もが自分の利益のためだけに行動している」という理論で世の出来事の全てを解明したような気になっている、自称現実主義者の絶望的な言いぐさに同調するわけでは決してない。なぜなら世の人々はすべからく目先の損得勘定のほかに、大なり小なり「正義感」「使命感」というものも、少なくとも主観的には持ち合わせているのだから。それらの高貴な感情を満足させる「利害得失を超えた美しいおこない」も、充分に個人や集団の行動原理や動機たりえるはずである。

 その意味で筆者はとりあえず明日の事情聴取には、生来の野次馬根性をフルに発揮して注目したいと思っている。小沢氏、検察、それを報じるマスコミ、そして報道を受け取って論評する各方面。それぞれの利害得失と行動原理が、どのように絡み合ったあげく事態がどっちに向かって動いていくのか、不謹慎と言われるかも知れないが今後の成り行きも含めて、楽しみでしかたがない。

 ところでごく最近、利用者がニュースにコメントを書き込めるサイトをいくつか見ていて、足利事件で検察を猛然と批判しているのと同じ(と思われる)人物が、小沢氏の件に関しては検察を強烈に支持しているのを目にして少し首をかしげてしまった。東京地検は正義の味方で宇都宮地検は悪の権化、という論評は果たして成り立つのだろうか? 少なくとも筆者には、ある会社の東京支社は誠実だが大阪支社は悪辣だ、といったたぐいの個人的・感情的な評価の方が、多少は成立しやすく思えるのだが。

♪おやじがすべてだなんて いいませんよ〜
「各地で10日行われた成人式。酒に酔った参加者が式の最中に騒ぎ公務執行妨害容疑で現行犯逮捕され、町中では、信号無視など道路交通法違反容疑で現行犯逮捕される新成人の姿もあった」(毎日新聞2010年1月11日の記事より)

 たぶん彼らは、自分たちの無軌道なおこないを「権威に逆らった英雄的な行為」と美化し、将来自分たちの子供にも武勇伝として語り、「おとうちゃん、かっこいいーっ!」と尊敬される事を期待していることだろう。

 そして子供たちは薫育よろしく、権威に逆らい自分のやりたいように振る舞うことを「かっこいい」と思う人間に育っていき、まず最初にもっとも身近な権威に牙を向けるようになるだろう。もちろん「親」という権威に、である。

 遠くない将来子供の暴力に苦しんだり、反社会的行為に悩まされる羽目に陥っても、勿論誰をうらむべきでもない。
テーマ:日記 - ジャンル:日記

♪わ〜かいちしおの よかれ〜んの〜
「手術や救命医療で大量に使われる輸血用血液製剤は、大半を献血に頼っている。ところが、若年層の献血離れが著しく、16〜19歳の献血者は24年間で5分の1に、20歳代は半分以下に減った。このままでは将来、血液を安定して供給できなくなるとして、厚生労働省は男性の献血対象年齢を一部引き下げることを決めた」(J-CASTニュース2010年1月2日の記事より抜粋)

 筆者は16歳になった翌月から献血を始め、血圧降下剤などを服用するようになるまでの約二十年間に、二百回ちかく献血した(以前は400ミリリットル献血すると、2回分とカウントしていたので可能だったわけだが)。最初のうちは「預血」というシステムがあった頃で、自分の身に輸血が必要となった場合は過去に献血した分から優先的に、あるいは割安に融通できるようになっていたはずだ(必要な人になら、一回分あたり数千円で売れるという話もあった)。

 また民間の製薬会社ではまだ「売血」がおこなわれていて、筆者も小遣い稼ぎを兼ねて話の種にと思って、大阪のなんとか十字とかいう、後に不名誉な事件で有名になった会社で一度やってみた事がある(昭和54年当時で、1700円とアンパンとラーメンと砂糖水がもらえたと記憶している)。

 やがて預血制度もなくなり、献血は完全な「善意」という事になったのだが、ある時知人の看護師から「通常の血液製剤の薬価は一本あたり7万円」と聞かされて、複雑な思いをもった。なるほど、タダで集めた血をそれだけの値段で売ればこんな立派な建物もたつわなあと、赤十字血液センターを出入りするたびに感心したり妬ましく思ったりしたものだった。

 もちろん通算一千数百万円分日本赤十字社に貢献した筆者が事故にあったり手術をしたりで輸血が必要になっても、一円たりとも血液製剤の代金はまけてもらえない。その事に後悔はないし、損をしたとも思っていない。筆者のあずかり知らない場所で、誰かが得をしているだけの話である。

 特に献血者登録をしている十数年のうちに、二度ほど白血球型が適合する人物として指定を受け(詳しい事情はプライバシーの関係で教えて貰えなかったが)、細かな時間まで指定されて成分献血に赴いた事例については、おそらく直接に近い人助けになったのだろうと軽い誇りさえ持っている。

 だが昨今の不景気、筆者もご多分にもれず懐具合が寂しいだけに、数字だけが記録された献血カードを手にしてふと「これがいくらかになったらなあ」というさもしい考えを持つこともたまにある。献血が減ったなら売血を復活せよ、とまでは言わないが、大切な献血者たちにもう少し見返りがあっても良いのではないかと思わないでもない。

 願わくばせめて、この生命にかかわる崇高な事業に、腐れ天下り役人共の汚れた手が突っ込まれていませんように。
 ・・・・たぶん手遅れだと思うので、検索で調べればおそらく容易にわかるはずの事ながら、筆者は一生知らずにいたいと思っている(苦笑)。 



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